いよいよ今日が講座最終日。
11月から月2回の計6回、
嗅覚反応分析の活用講座を受講してきました。
今日で全日程があっという間に終わりました⋯
改めて、どういう人に私のサービスを届けていきたいか。
どういう活動をしていくのか。
かなり固まりましたよ。
課題でこれを発表することになっていたけれど、
当日まで考えがまとまってなくてホント焦った。
いい加減、ギリギリまで放置するの
どうにかならんかな😂
右上強めなんだから、
こういうところでこそ計画性を
発揮してもらいたいもんだわ。
受講前の私
思い立って走り出すエネルギーはあれど、
それを継続する力が弱い。弱すぎる。
継続は力なりって言うけれど、
私にはそれがないって言う自覚はあった。
実際自分のグラフを見ても、
コツコツ継続できる形じゃない。
最初の講座で、
3ヶ月後どうなっていたいかを問われた時、
「継続する力を身に着けていたい」
と答えた記憶がある。
心の動きや行動の傾向もグラフに出るので、
継続できるタイプの形になるように
この3ヶ月自分に向き合い、
グラフを整えることにも注力してきた。
結局、今もまだその理想のグラフにはならないんだけど⋯
近づいてはきた。
なので、もう少し整えることを続けてみようと思う。
終わってみれば
この3ヶ月の間、
グループチャットに
毎日自分のチェック結果を
アップし続けられたことに気づく。
ちゃんと続いた。
毎日欠かさず、3ヶ月間も。
ひとりだったら続かなかったし、
意味を考えてしまって辞めてただろう。
でも、他の人のグラフもみれて
自分との違いも勉強になったし
時々コメントし合ったりして楽しかった。
私にもできたじゃないか⋯!
こんなの、課題みたいなものだし義務だし
できて当たり前だと思っていたけど、
「毎日続いたのは本当にすごいこと。
なかなかできないよ。
他の講座の人は途中で続かなかった。
もっと自分を褒めていい。
ナホさんはストイック過ぎるw」
というご講評をいただきまして
自分にも厳しいのか⋯ということも
一つの気づきになった。
それ以前に、素直に嬉しかったな。
褒めてもらえるって、何歳になっても嬉しいものだな。
この場で一番深く刺さったこと
人を治そうとしなくてもいい。
こちらはその方法を提案するだけでいい。
そんなスタンスを持つことが大切。
他の参加者さんの質問に対する
先生の回答の中で拾った言葉なんだけれど、
これ、私にも深く刺さった。
(こんなこと、ここで出しちゃダメかもだけどさ⋯)
最初は、
なんてドライなんだろう⋯!
いいのかそんなスタンスで⋯
もう少し責任感のある対応をするべきでは?
と、素直に受け入れがたかった。
けれど、その回が終わった後、考えが変わった。
つい、
困っているのだからぜひなんとかしてあげたい。
せっかく頼ってきてくれたんだから
この人の力になりたい。
そう思うけれど⋯
それが先に来すぎてしまい、
私はそこまでできるのか?と
自信をなくして何も行動に踏み出せなかった。
けど、そうじゃなくて。
最後にどうしたいかを決めるのは
その人自身なんだ。
その人がいいなと感じたら
生活に取り入れればいい。
納得感が薄ければ、
やらないと決めていい。
そう思うと、私も心が軽くなった。
これなら私も一歩踏み出せるかも、そう思った。
考え方が変わると、行動も変わってくる。
本当は怖くて仕方なかった体験会の開催、
早速やってみることにした。
もし誰かが来てくれたとして、
その人の悩みを解消できなかったらどうしよう。
良い提案ができなかったらどうしよう。
やるからには、何か結果をだしてもらわなくちゃ。
うまく話す自信も、
そんなすごいことできる自信もないから、
募集はもう少し後回しにしようか⋯
いや、体験会に頼らずに
別の方法で集客できることはないかなぁ⋯
そんな不安がずっと心の中にあったから、
体験会の告知だけでも、
私にとっては清水の舞台から飛び降りるような感じ。
まあね、そんなすぐには申込みなんて入らないけど?!
いいんだ。
発信することができたってのが、
私の中の成功体験としてまた一つ残った。
少しずつ、できることが増えてきた。
この講座、受けてよかったな。
その人がどうするかなんて
私が押し付けるものではない。
仮にそうしたとしても、
その人は絶対幸せにならないはず。
言う通りにさせられて結果がでたとしても、
自分でやると決めてやった時ほど
達成感も満足感もないんじゃないか。
いや、違うな。
「あの人の言う通りにしていたら、うまくいった」
「じゃぁきっと次も言う通りにしていればうまくいきそう」
「自分で考えるのも楽じゃないし、言う事きいておこう」
そうやって依存する人を増やしてしまう気がする。
それじゃダメなんだ。
私が理想とする最終目的地は、
自分軸で人生を送れるサポートをすることだと気付いたから。
結果が出ることはいいことだ。
でも、それは
「自分で選んで決めた結果」として
心に刻んでもらいたい。
自分で選ぶことができる。
本来はアタリマエのことだけど、
大人になって、役割を与えられる程に
できなくなってくることよね。
自分もそうだったもんな。
そして自分では
そんな状態になっているなんて気づけやしない。
決める気力がない
決めることが面倒臭く感じる
自分の決定で失敗したくない、
人が選んだことならその人のせいにできる
状況や自分の役割が許してくれないから我慢する
それはココロとカラダのバランスを崩して
本来の自分を見失っているサインだ。
グラフにもちゃんと現れる。
選ぶ権利は平等にあるんだよ。
もっと自由にやっていいはずなんだ。
そう思い出す人を増やしたい。
⋯なんてことまで考えが飛躍した、
ふかーい3ヶ月でした。
こういう想いは
うまく言葉に出せなかったけれど、
この講座を受けている人も、先生も、
同じ思いを持たれているんだと思う。
同じ志を持つ者同士で話せる場って
とっても心地が良い。
あぁ、今日もまた
うだうだとまとまりのない文章を書いてしまった。
けど、これが今の気持ち。
将来の私のために残しておこう。